『難民キャンプの内幕 -西サハラ紛争とティンドゥフ』(日本評論社)が出版
『難民キャンプの内幕 -西サハラ紛争とティンドゥフ』(日本評論社)が出版

ティンドゥフ・キャンプの状況に関する複数の研究者による調査研究が、日本評論社より『難民キャンプの内幕 -西サハラ紛争とティンドゥフ』にまとめられ出版された。

 同書は、アルジェリア南西部のティンドゥフで運営するポリサリオ戦線がティンドゥフ・キャンプについて、国際法、安全保障、キャンプに暮らす人々のイデオロギー的側面や精神分析的観点、キャンプの権力構造の観点からの調査研究である。同書では、難民キャンプの実態が、モロッコと日本の9名の専門家によって多面的に分析されている。

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 「各国は、難民キャンプ居住者も含めて自国の領土内に居住するあらゆる人々の安全を確保する義務がある」ことから、本書ではティンドゥフ・キャンプに留まることを余儀なくされている人々を保護する必要性が強調されている。さらに、ティンドゥフ・キャンプの場合、「ポリサリオ戦線には国家としての実体がないのであるから、キャンプの人々の保護を保障する役割は、アルジェリアが負うこととなる」と明言されている。

 昨年初めに、欧州不正対策局の報告書によって、難民向けの人道援助物資をポリサリオ戦線が不正に横領していたことが明らかとなったが、同書ではその詳細が説明されるとともに、このような横領は、「人道に対する罪」であること、そして国家は自国の領土で発生する犯罪行為のすべてに責任があることが国際法的観点から詳しく説明されている。さらに、国際関係論や政治社会学的観点からも、この援助物資の不正流用について分析がおこなわれている。

 また、近年サヘル地域の安全保障は大きく揺らいでいるが、同書では世界各国の安全保障問題の専門家、シンクタンク、情報機関の報告書に基づいて、ポリサリオ戦線とアル・カーイダとのつながりが明らかにされ、分析されている。さらに、従来のアル・カーイダ研究でも言及されていなかったアル・カーイダのイデオローグの一人の手による文書が、今回初めて紹介・分析されている。そのなかでアル・カーイダはポリサリオ戦線の戦闘員をリクルートしていることが明らかとなっただけではなく、そのリクルート過程も説明されている。また、アル・カーイダが、イスラーム・カリフ国家の樹立を視野に入れ、ティンドゥフ・キャンプをジハード主義の最前線とする目的をもってティンドゥフ・キャンプに侵入していることも明らにされている。

 また、ティンドゥフ・キャンプ出身者がサヘル地域で活動するテロ集団や、武器・麻薬の密輸との繋がりがあることも指摘されている。

 さらに、ポリサリオ戦線の創設神話、ティンドゥフ・キャンプに暮らす人々の「人間の安全保障」の問題、マグリブ・サヘル地域の安全保障上の課題と西サハラ問題との関連についても分析されている。

 このようなティンドゥフ・キャンプの状況こそがモロッコとアルジェリア間の安全保障上の協力を阻害する最大の要因となっており、マグリブ・サヘル地域全体の安全保障を強化するうえで、問題解決が急務であることが指摘されている。

 ポリサリオ戦線の創設神話も検討されており、そのなかで、ポリサリオ戦線が、地域の諸勢力の地政学的なゲームの流れにそって誕生した、まさに当時の国内、地域、国際的な矛盾の産物であったことが明らかとされている。

また、ポリサリオ戦線と「アラブ・サハラウィ民主共和国」が、その担い手からも機構の構造としても、一体のものであることが指摘されている。冷戦構造のなかで、アルジェリアやリビアの支援を受けていたポリサリオ戦線は、アルジェリア国内のティンドゥフ・キャンプに拠点を置き、西サハラ地域の社会構造の中心を占めていた部族的概念を消し去ろうとした。つまり、外向きの言説においては、血縁に基づいた部族ではなく、構成員の一人ひとりが平等な立場で社会を形作るという形態が目指されていた。しかし、実際にはティンドゥフ・キャンプ内の社会は、部族主義と縁故主義が大きな影響力を持つ構造となっており、それが問題の解決を阻害していることが明らかにされている。

2000年から2015年の間にティンドゥフ・キャンプからモロッコへと帰還した者たちを対象にした精神分析学的な見地からの調査分析もおこなわれている。特に対象となったのはとりわけ心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDに苦しむ人々である。彼らへの聞き取りから、キャンプ内での、子供たちの教育についても体制維持のための教化教育が幼いころから実施されていることも明らかとされている。

同書はティンドゥフ・キャンプの内幕を明らかにすることによって、受け入れ国や国連難民高等弁務官事務所などをはじめとする国際社会が、問題解決のためにどのような責任を果たすべきかをおのずと示す内容となっている。

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